「あなたの企業は社会から愛されているでしょうか?」
冒頭から少々重たい問いかけですが、昨今、企業が生み出す商品やサービスだけでなく、企業のあり方そのものについてもブランディング(共感や信頼などを通じて顧客にとっての価値を高めていく企業戦略)は欠かせないものとなっています。あなたの企業も常にその存在意義を問われていると言っても過言ではないでしょう。
何をもって「顧客にとっての価値」とするのか?従来であれば、より良い商品を継続的に世に送り出し、消費欲に新陳代謝を促すことで顧客にとっての価値を上げて来ましたが、似たような商品を扱う競合他社が多数存在する中、商品や価格の力だけに頼っていてはもう顧客から振り向いてもらえません、どうしたらに振り向いてもらえるでしょうか?そのヒントとして、2018年1月に出版された『応援される会社 熱いファンがつく仕組みづくり」 新井範子 山川悟著』では、近年、熱心な顧客(ファン)に愛され応援されることで成長を続けている企業を例に挙げながら、これからの時代を生き抜く企業のあり方や仕組み作りが紹介されています。
—–「もはや顧客は、商品、サービスを通じて便益を受ける立場に飽き足らず、「何かをしてあげたい対象」として企業やブランドを位置付けている。ブランド価値を高めようとする行動の主体は、今や顧客側にあるということだ。」—–(「応援される会社 熱いファンがつく仕組みづくり」 新井範子 山川悟著より抜粋)
各企業の取り組みは上述の著作をご覧頂くとして、これからの企業の存続は、「あなたの企業を末永く応援し支えてくれるファンをどれだけ獲得できるのか?」にかかっているというのです。
目次
<ファンを味方につけるだけ!企業はもう広告宣伝しなくてもいい?>
「私はあなたのファンです!」今までに誰しもが一度は声に出して叫んでみたいと思ったことのある気持ちではないでしょうか?対象が何であれその存在に強く感動し憧れや親近感を覚える時、私達はファンになります。「商品が好き」「スタッフの対応がいい」など、企業にもファンが存在します。ファンにできる応援と言えば、かつては「商品を買い続ける」「まめに店に通う」など、自らをファンと表明しない陰ながらの応援に限られていました。しかし今、ファンはそこから一歩前に出て、企業と消費者の間に立って情報提供や意見交換をし、時には企業のPR役まで買って出ることで、自らが企業の応援に参加し、企業の存在意義をもファンが作り出す現象が起きています。
左表『株式会社ICT総研「SNS利用動向に関する調査」(2016.8)」http://ictr.co.jp/report/20160816.html』からも見て取れるように、日本国内においてもSNSの普及率は年々上昇し、今後も更に利用者が拡大し続けると予測されています。それに伴いSNSやインターネットを通じて、ファンはこれまでとは違った新しい形で、企業の応援に積極的に参加しています。SNSで「いいね」を押すことも、まとめサイトや比較サイトで、ユーザー目線での商品情報や体験談を発信し、初心者への良きアドバイザーになってくれることも、ファンならではの愛のこもった応援と言えます。それとは別に、ファンがつくり上げる情報ネットワークは、企業側から一方的に発信される従来型の広告宣伝や情報を敏感にかぎ分け、それが真に自分達のためのものであるか、それとも企業のゴリ押しなのかを見極める読解力さえ持つようになってきています。アメリカの経営学者であるフィリップ・コトラー氏も著書『コトラーのマーケティング4.0 スマートフォン時代の究極法則』の中で、「今では、ブランドに関するとりとめのないカンバセーション(ネット上や直接の会話)のほうが、的を絞った広告キャンペーンより信用できるようになっている。(中略)顧客が自分たちの社会集団を使って要塞を築くことによって、ブランドの虚偽の主張や広告キャンペーンのごまかしから身を守っているかのようだ。」と述べています。
もう企業目線で作られた広告は必要とされていません。言い換えれば、大勢のファンが味方についている企業は、巨費を投じてイメージを作り込む広告宣伝をする必要がないのです。
企業もこうした動きを捉え、一人の顧客が生涯にわたって企業にもたらす顧客生涯価値(Lifetime Value)に視点を移し、不特定多数に向けたシェア拡大重視のマーケティングから、顧客と長い時間をかけてよりよい関係を築いていくリレーションシップマーケティングへと企業活動の方向を変えつつあります。その人の人生までも全て背負う覚悟で、企業と顧客の付き合いが始まっています。商品やサービスだけでなく、ブランドの信念やものづくりにかける想いといった企業姿勢、利益追求にとどまらない様々なボランティア活動など、誠実な企業のありように共感した時、ファンは惜しみなく企業を応援するのです。
<ちょっと待って!!『いいね』が多ければそれで良いの?~共感が意味するもの>
個人であれ、企業であれ、私たちが外に向けて情報を広く発信したいと思う時、それは他者から共感されることを前提とします。「いかに応援してもらえるか」「どうしたら『いいね』を増やせるか」については、SNSを利用した情報発信を担う担当者にとって大いに気になる部分だと思います。しかし「他者の感情を共有する能力」である共感にはいくつかの要素があり、共感を狙った情報発信が必ずしも全て良い結果につながるわけではない、ということが最近わかってきました。
心理学、神経科学の見地から現在、人間の共感には3つの要素があり、それぞれに反応する脳の部位も異なるとされています。
- 情動的共感 他者の感情を共有し、その人の行動状態に合わせること。生物学的反応。
- 認知的共感 他者の視点に立って外界を捉え、他者の感情について考え理解する能力。
- 共感的配慮 他者の苦しみに対して何とかしようという意欲を高める。
経済や科学の発展に伴い、そこに暮らす人全てが豊かで便利な生活を享受できるという旧来の幸福モデルには狂いが生じ始めている現代社会では、実際に社会の恩恵に与かれるのはほんの一握りの富裕層に過ぎず、その他大勢の人にとっては恩恵を受けること自体想像しにくくなっているのが現状です。そうした状況下、例えば2017年に就任したトランプ米大統領のように、科学的な事実や自分にとって不利益なニュースを流すメディアを無視し、特定の国家や民族をあからさまに否定する人物が公に現れた時、日頃から社会の恩恵を受けていないという怒りや不安を感じている人たちはそこに共感を(この場合は情動的共感)を覚えるのです。彼を支持し、同様に刺激的な言葉で同調の輪が広がっていきます。こうして、事実であることよりも、多くの人の信念や感情に訴えることの方が社会での影響力を持つ「Post-truth(ポスト真実)」が「負の共感」として、インターネットやSNSを通じ世界に拡散され、異なる立場の人たち同士の終わりなき争いにつながっていきます。
本来共感とは、自分に最も近い人(家族や仲間内など)との関わりを持ち、絆を深めるために発達してきた感情と思考であり(その中では情動的共感も人が人らしく生きるのに欠かせない反応なのですが)、自分に脅威をもたらす恐れのある部外者とのやりとりに対処するためのものではありませんでした。そうした中、インターネットやSNSというツールは、外界と自己の間にある壁を取り除き、遠く離れた他者とつながり共感しあうためにここまで広く普及したとも言えます。しかし、他者とつながっても相手の立場に立って理解しようせず、他者を言い負かし、排除し、ひたすら自己主張を押し通すための道具にもなっていることに目を向けた時、共感は人を傷つける凶器にもなることを覚えておかなければなりません。政治と企業では語る基準が違うと思われるかもしれません。しかし、企業が良かれと思って発信したCMでひとたび炎上が起こると、そこで語られる全てが誤情報であったとしても、企業にはそれを正すことができません。人間は自らの見解を裏付けるものであれば、間違った情報でもそれを選び、どんなに真実を聞かされても耳を貸さないという傾向があるからです。政治も企業も「負の共感」は一度広がり始めたら人の手では止めることができないのです。
『いいね』の数を気にする前に、ファンと企業の双方が良い意味での共感を分かち合うため、企業姿勢も発信する情報も常に事実に基づき正直で誠実であるか、一人の人間として顧客と向き合えているか、色々な立場の人の視点に立っているか、大いに自問自答してみることが必要です。
<社会的課題を解決するのが本業です~企業の存在意義を高めるこれからの愛され経営戦略>
企業が長期存続の視点に立ち、誠実で血の通った企業姿勢を貫くことでファンとの関係をより良いものにしていくという考え方は、更に視野を広げると、「企業の経済利益活動と社会的価値の創出(=社会的課題の解決)を両立させる」という経営戦略にも結びついていきます。こうした考え方は、企業の競争戦略を専門とするアメリカの経済学者マイケル・ポーター氏によって2011年に提唱された「共有価値の創造(Creating Shared Value 以下CSVと略)」が発端となり大きな反響を呼びました。これまで企業活動に伴う社会的課題(例えば、環境汚染や生産者に対する不当な取引、劣悪な労働環境、雇用の喪失など)は見て見ぬふりのまま、資本主義社会は利益を優先的に追求してきました。企業を支える社会や自然環境そのものが立ち行かなくなる危険性が高まった時、企業が安定した経営状態を保っていくには、本業として「利益(経済価値)」と「皆で共有できる価値(社会価値)」の両方を生み出すことが必要だと、誰もが気づき始めたのです。CSVは今、企業と人の双方が幸せになる方法として、それを枠組みとした経営戦略が様々な企業で試みられています。
<CSVで企業ができること>
- 原料となる資源の採取によってかかる環境負荷をできるだけ減らし、自然環境の保全に取り組む。
- 原料となる作物や家畜を育てる農家を支援する。
- 社員が健康で安全に働くための労働環境の改善、インフラ整備。
- 商品をできる限り安価で販売し低所得者の手にも届くようにする。
- 発展途上の国や地域では、商品をただ販売するのではなく、その商品がなぜ必要なのか(例えば栄養補給や衛生管理についての知識等)を説明し、人々がよりよい商品を自らの判断で選び取れるように意識を高める。
- 海外展開する場合、既存の企業を潰したり現地の雇用をなくしたりしないために、完成品を持ち込んで売るのではなく、現地の人を採用、教育し、企画、生産から販売、ブランド周知の役割をすべて現地の人が担う。
上記はほんの一例にすぎずCSVに決まった形はありません。実例を挙げると、世界規模で食品を扱う会社ネスレは自らの掲げるCSVにKPI(重要業績評価指標)まで公表し、企業がつい後回しにしがちなCSVへの取り組みにより一層弾みをつけています。このほど、ネスレは米コーヒーチェーン大手スターバックスと提携し、スターバックスの店舗以外でもその商品を販売する権利を取得しました。そのことについてスターバックスのケビン・ジョンソン最高経営責任者(CEO)は「世界的なコーヒー事業での提携によって、ネスレの事業範囲や知名度を通じてスターバックスの体験を世界のより多くの家庭に届けることになる」と述べています。スターバックスも様々なコミュニティへの貢献や生産者の保護活動、環境保護を行っている会社としても知られていますが、両社とも自らの企業を単に商品を売る会社として捉えてはいません。商品を手にした人々の目の前に広がる、かけがえのない新しい世界を届け続けようとしています。
ネスレが社会に与えるプラスの影響(https://www.nestle.co.jp/csv)
スターバックスコーヒーの描く未来(http://www.starbucks.co.jp/responsibility/)
CSVに及び腰な企業からすれば「社会貢献ばかりしていて本当に利益は出せるのか?」といったところでしょう。しかし、実際に企業がCSV戦略に取り組み、それぞれの社会的課題が改善されてくると、企業で働く人たちにも変化が生まれるといいます。
働く人が健康的で安心して働き続けられるため生産性がUPする、働く人の「良いことをしている」「社会の役に立っている」という自信や更なるモチベーションにつながり、新たな課題に対する様々なアイデアが生まれる、CSVで培われた経験やアイデアを、また別のCSVや商品開発のヒントにすることができるなど、企業が内側から活性化することで企業活動も効率よく回るようになり、社会的課題を解決すれば社会からも喜ばれるようになり、企業を後押しするファンが増え、結果的にその企業の利益増につながるというのです。
CSVと同義ではありませんが、様々な社会的課題に取り組む企業が日本にも存在します。企業が商品を売るには作り手と顧客の双方がいなければ成り立たず、そこに企業だけが感じることのできる小さな気づきがあります。筆者の経験になりますが、ある呉服店で販売職をしていた時、多くの有名作家や伝統工芸士が優れた作品を作っているにも関わらず、現代日本人の着物離れで、作っても売れない現状や後継者不足に陥っていることを知りました。「一か月かけて端正に織った反物で、織り子さんが手にするお金はたった数千円。近所に時給900円のコンビニができたら、それはみんなそっちで働くでしょう?」産地の人々の重い言葉が今も胸に刺さります。着物を売る以前に、顧客がものづくりを知る機会や着物を着るきっかけが必要と強く感じた私たちは、顧客と作り手が直接触れ合えるトークショーや着物姿で出かけたくなるスペースでの顧客参加イベントを数多く開催するようになりました。時には決して話し上手ではない作り手に代わり、一粒の繭からどのように糸を紡ぎ、どのような草木で染め、どんな風にして布を織り上げるのかを語り、時には顧客と共に産地を訪れ、染料となる草花の収穫を体験し、「普段まとうもの」にここまで手間ひまをかける唯一無二の文化を伝え続けた結果、その後の販売で作品が完売し、作り手の真摯な姿を見て後継者を目指す人が現れるなど、私たちが思ってもみないことが次々に起こり始めました。さらに様々な作家や産地から「うちのものづくりも取り上げてほしい」と問い合わせが来るようになり、ほんの小さな気づきからでも動き出すことの大切さを私たちも実感したのです。
—–「企業は利益の最大化を超える志の高い目的に導かれる必要があり、すべてのステークスホルダーに最適の恩恵を施さなければならない。それが実現して初めて、資本主義は全人類に対し可能な限りの社会的利益を届けることができるのだ ラタン・タタ(タタ・グループ会長)」—–(「世界で一番大切にしたい会社」ジョン・マッキー著 推薦文より抜粋)
CSVへの取り組みには決まった形がなく、何らかの反応が出るまで長い時間がかかり一朝一夕でできるものではありません。効果や戦略そのものの是非で今も様々な議論が展開され、「企業が社会的課題で儲けても良いのか?」という意見もあります。しかし儲けることを「悪」とするのではなく、それを困っている人々のために再投資することで課題を解決し、更に利益を伸ばしていけるのなら、企業の存在意義は社会と企業の双方に大きな意味のあるものになります。ここはひとつ『愛される企業』になってみませんか?
いかがでしたでしょうか?弊社にはブランディングの専門知識を持ったスタッフがおり、常時、お問い合わせにお応えしております。ご興味を持たれた方は是非下記までご連絡下さい。
「応援される会社 熱いファンがつく仕組みづくり」 新井範子 山川悟著 光文社新書/「コトラーのマーケティング4.0 スマートフォン時代の究極法則」フィリップ・コトラー著 朝日新聞出版/「CSV経営戦略 本業での高収益と、社会の課題を同時に解決する」名和高司著 東洋経済新報社/「日経サイエンス201707トランプvs科学 Post-truthに抗う より、『ネットで軽くなる「事実」の重み』長倉克枝著、『陰謀論を増幅 ネットの共鳴箱効果』Walter Quattrociocchi著 日経サイエンス社」/「日経サイエンス201806『「勝つための議論」の落とし穴』Matthew Fisher他、『共感の功罪』Lydia Denworth著 日経サイエンス社」
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